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最高裁判所第二小法廷 昭和37年(オ)1235号 判決

上告人 川村正男(仮名)

被上告人 川村友子(仮名) 外一名

右法定代理人後見人 川村清(仮名)

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松永謙三の上告理由第一点について。

所論は、まず、創設さるべき習俗的観念における親子関係および「真実養親子関係を成立せしめる意思」について明示しない原審判決は理由不備であると主張する。

しかし、原審判決およびこれに引用される第一審判決の認定した事実のもとにおいては、本件養子縁組において、久と被上告人らとの間に親子としての精神的なつながりをつくる意思を認めることができ、したがつて、本件養子縁組が久の遺産に対する上告人の相続分を排して孫の被上告人らにこれを取得せしめる意思が久にあると同時に、久と被上告人らとの間に真実養親子関係を成立せしめる意思も亦十分にあつたとする原審判決の判断は、これを是認しうるのである。

つぎに、所論は、上告人の相続分を減少しようとする意図が本件養子縁組の縁由にすぎないとする判断は不当である旨非難するが、前述のように、久と被上告人らとの間に親子としての精神的つながりを生じ養親子関係の成立が認められるのであるから、原審判決の判断のように、右の事情は本件養子縁組の縁由と解すべきであるから、所論のような違法がない。

所論は、いずれも、原審判決を正解しないでこれを非難するものであつて、採用しがたい。

同第二点について。

所論は、まず、本件縁組は、民法第八〇二条第一号に定める「当事者に縁組をする意思がないとき」に該当する、と主張する。

しかし、本件養子縁組に縁組意思があるとする原審判決の判断が正当であることは上告理由第一点の主張に対して判断したとおりである。

所論は、結局、原審の事実認定を非難するに帰し、採用しがたい。

つぎに、所論は、本件養子縁組は、民法第九〇条に違反し無効であると主張する。

養子縁組の効力につき、民法第九〇条の規定が適用されるかどうかの点についての判断はしばらくおき、かりに同条の規定が適用されるとしても、本件養子縁組が公序良俗に反しないとする原審判決(およびこれに引用する第一審判決)の判断は、これを是認することができるから、原審判決には、所論のような違法はない。

所論は、いずれも、排斥を免れない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)

上告代理人松永謙三の上告理由

第一点 原判決は審理不尽かつ理由不備の違法があつて破毀せらるべきである。

一、第一審判決はその理由において、

久は自己の死後財産が原告に取得されることを好まなかつたので本件養子縁組に際しては現実に被告等を養育したいと欲したものではなかつたが被告等に清及び原告と同順位の相続人となる身分を与えることによつて自己の財産を取得させたいと考えたものであり-本件養子縁組はもつぱら財産相続を目的としたことが明かであるといわざるを得ない

と断定しその相続財産を取得する法律効果を発生せしめる意思があれば「真に縁組をする意思」があつたものとしたのである。

二、そこで上告人は原審に対しかくの如くもつぱら財産相続を目的とする養子縁組は習俗的観念における親子関係創設の意思を欠くものであつて「真に縁組をする意思」のないのであつて無効のものであることを主張してその判断を求めたところ原審判決はその理由において、

一、本件養子縁組をなすについて亡川村久が控訴人に本来の相続分による相続財産を取得させることを欲しないで、むしろ孫である被相続人らに財産を相続せしめ度い意思を有していたことは原審認定のとおりであつて本件養子縁組の成立した結果控訴人の右相続分が害される虞れを生じたことは多言を要しない

とし乍ら

久の遺産に対する控訴人の相続分を排して孫の被控訴人らにこれを取得せしめる意思が久にあつたと同時に久と被控訴人らとの間に真実養親子関係を成立せしめる意思も亦十分にあつたと認められるのである。

と認定しているのである。

三、原審が十分あつたと認めた「真実養親子関係を成立せしめる意思」は何によつてこのように認めたのか原審はその理由を何一つ示していないのである。

上告人は原審昭和三七年六月六日附第三準備書面第二項において、

二、本件養子縁組は習俗的観念における親子関係創設の意思を欠くものであつて「真に縁組をする意思」のないもので無効のものである。

1 本件養子縁組当時被控訴人友子は一四才同照男は一〇才であつて共に実父清、実母コノと同居しておつて、その養育の下に何不自由なく暮していたものである。而して又亡久も被控訴人等および実父母と家を同じくして、生活を同じくして、同人の一切の世話は被控訴人等の実父清、および実母コノがしていたのである。従つて本件養子縁組の成立によつて亡久と被控訴人等との間に創設せられた親子関係は何一つ存在しないのである。

2 山畠正男教授は当事者間の習俗的観念における親子関係の創設が意図されていないときはなお完全な縁組意思の存在を認められないとするのが通説判例であるとせられるのである(総合判例研究叢書民法(15)養親子関係の成立および効力)がその習俗的観念における親子関係の創設とは如何なるものを指すのであろうか。

3 養子制度は普通第一に家のための養子、第二に親のための養子、第三に子のための養子という発展過程を経たといわれているのである。即ち封建的家制度の下では家名維持、祖祭の継続、戸主権の承継という家のために血族相続人がない場合にその代替者を得る手段として利用せられた。その後実子のない者に法上の子を与え、孤独者の慰藉、老後の扶養、財産の相続という親自身のための制度に転向せられたのであるが更に三転して親に恵まれない者に親を与え孤児や私生児の救済、家族生活の供与という子のためのものとして奉仕せしめられることになつたのである。

4 旧民法においては家督相続人の創設がかなりの比重を占めていたのであるが新民法においては未成年養子の場合、それを養育し教育することを本質的要素としている事については学者間異論のないところである。即ち未成年養子においては養親が養子を養育し、教育する関係を創設することが習俗的観念における親子関係の創設であると考えられることになつたのである。

然るに本件養子縁組においては被控訴人等の養育は依然として、その実父母たる清、コノの両名によつて行はれ、本件養子縁組によつて亡久が被控訴人等を養育することになつたものではないのである。従つて本件縁組は習俗的観念における親子関係創設の意図を以てなされたものでなく控訴人の相続分を滅殺する目的を以てなされたものである。

と述べて原審に対し本件縁組後も久と被上告人等との間の生活関係は従前と何等変りなく、縁組によつて創設せられた親子関係は何一つなかつたこと、従つて縁組に際しては被上告人等をして財産を取得せしめる目的の外に親子関係創設の意思は毫もなかつたこと、および我民法上縁組によつて生ずる親子関係とはどんなものであるかを述べてその判断を求めたのである。

然るに原審判決はこれら上告人の主張に対し具体的判断を与えることなく、ただ単に「真実養子関係を成立せしめる意思も亦十分あつたと認められるのである」と簡単に片付けてしまい、縁組によつて創設せらるべき親子関係とはどんな関係なのか、その親子関係を成立せしめる意思を何によつて認たのか等については何等明かにするところがないのである。

更にまた原判決は

久と被控訴人等の有した前示久の遺産に対する控訴人の相続分を減少せしめんとする意図は本件縁組契約の内容をなすものでなくむしろ縁由にすぎないもので

と判定しているのであるが本件養子縁組は専ら被上告人等をして財産を取得せしめることを目的とするものであることは原審が引用した第一審判決の認めるところであり、本件養子縁組によつて創設せられた親子関係は何一つないことは前に上告人の述べるところによつて明かである。さればかくの如き場合は財産を取得させることは縁組の要素であつて決して縁由に止まるものではないのである。大審院判例は芸妓稼業をさせることを要素として養子縁組の届出をしたときは養子縁組は無効であるとしているのである(大審院大正一一年九月二日民三判大正一一年(オ)第五三四号民集第一巻四四八頁)。

以上は新民法運用に当り確定すべき重要な問題であるので一々事案を判断して国民の帰趨を定むべきに拘らず故らに判断を回避したものであつて審理不尽理由不備の違法あるものと云うべく到底破毀は免れないものである。

第二点 原判決には左記法令違背があり、その違背は判決に影響を及ぼすこと明かであるから到底破毀を免れないものである。

一、民法第八〇二条は縁組の無効である場合を定めてその第一号に「当事者に縁組をする意思がないとき」と定めているのであるがその「縁組をする意思がないとき」とは従来習俗的観念における親子関係を創設する目的でなされたものではなくして、他の目的を要素としてなされた縁組又は他の目的を達するための便法として養子縁組なる制度を利用した場合はこれに該当するものとせられているのである。(芸妓稼業をさせることを要素とする縁組について大審院大正一一年九月二日民三判、大正一一年(オ)第五三四号民集一巻四四八頁、他の目的を達するための便法として仮託されたにすぎないものについては最高昭和二三年一二月二三日第一小法廷判、昭和二三年(オ)第八五号民集二巻一四号四九三頁)

二、本件縁組が専ら被上告人等の財産取得を要素とした縁組であつて真に親子関係を創設する意思を以てなされたものでないことは前記のとおりである。然るに原審が民法第八〇二条第一号を適用しなかつたことは法令に違背あるものであつて到底破毀を免れないものである。

三、本件縁組は専ら被上告人等に財産を取得させることを主たる目的としてなされたものであつて相続人たる上告人の相続分を不当に減殺し、相続人の生活保障を本質とする相続法の精神を蹂躙するものであつて公序良俗に反し民法第九〇条により無効のものである。然るに原審が上告人の右主張を容れなかつたことは民法第九〇条に違背するものであつて到底破毀を免れないものである。

参考

一審(宇都宮地裁 昭三五(タ)一四号 昭三六・一一・一六判決 棄却)

原告 川村正男(仮名)

被告 川村友子(仮名) 外一名

右法定代理人後見人 川村清(仮名)

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

(請求の趣旨及原因)

原告訴訟代理人は、「昭和三二年二月二七日届出による亡川村久と被告川村友子及び同川村照男との養子縁組は無効であることを確認する。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は、昭和三四年一月四日死亡した川村久の二男であり、被告友子及び同照男は、久の長男川村清その妻川村コノの長女及び二男である。

二、被告らは、昭和三二年二月二七日、父清・母コノの代諾によつて久との間に養子縁組をした。

三、しかしながら、本件養子縁組は次に述べる理由により無効である。

(養子の摘格要件を欠く)

(一) 嫡出子養子の実益なきことは実務及び多数学説のとるところであるが、嫡出孫養子も同様の理由で無効と解すべきである。また、旧民法時代においては、実務上家を異にする場合においてのみ孫の養子適格を認めていたのであるが、家の制度の廃止された新民法においてはこれを踏襲すべきではないし、況や本件においては、被告らは終始一貫久と家を同一にしていたものであるから、いずれの理由でも被告らは養子の適格要件を欠く。

(当事者間に真の縁組意思がない)

(二) 養子縁組によつて創設さるべき親子関係は、未成年養子における養育関係と老年養親の身辺の世話と財産管理をその本質的要素とする。従つてこのような習俗的観念における親子関係の創設が意図されていないときには、完全な縁組意思があるものとは認められない。

しかるに、本件においては、久、清、コノ及び被告らは同一の家に居住していたものであり、久の面倒は長男の清夫婦が見ており、また、被告らの養育も実父母の清夫婦がしていたから、久と被告らとの間には習俗的観念における親子関係を創設する必要もなく、その意思もなかつた。このことは、被告らにおいて、単に久の位牌を持たせるために縁組がなされたものであると自認しているところから見ても明らかである。

(財産取得を目的とする仮装縁組である)

(三) 久の財産関係は次のとおりである。

(1) 久から清、コノ及び被告らに生前贈与された不動産

宇都宮市池上町○○○○番一 宅地  八一坪九九

同市江野町○○○○番一○  〃   四八坪六九

同市二条町○○○○番一   〃  四四九坪二五

同市池上町○○○○番一   〃   二七坪八一

同市同町同番二       〃   三八坪〇九

同市同町○○○○番一    〃   四九坪三四

同市二条町○○○○番    木造住宅一棟建坪三一坪七二

(2) 久からコノに遺贈された不動産

同市二条町○○○○番五   宅地 二七四坪五四

(3) 久名義の不動産(清、原告及び被告らの四人で相続すべきもの)

同市江野町○○○○番一   宅地 一三八坪二二

同市同町○○○○番一    〃   四〇坪一二

右各不動産を固定資産評価額によつて算定すると、被告ら親子四人に生前贈与及び遺贈された不動産は金六二五万三、七〇〇円であり、相続財産として残されたものは金二六六万八、四六〇円である。従つて、この相続財産を原告、清及び被告らの四人で分配するとすれば、原告がその四分の一の金六六万七、一一五円を取得するに止まるのに対して、被告ら親子四人は贈与分を含めて金八二五万五、〇四五円の巨額の財産を取得することになる。

かくのごとく、本件養子縁組における被告らの代諾者たる清及びコノは、久と同一家族であつたことを奇貨として、同人を籠絡してその財産の大部分を生前贈与又は遺贈によつて取得しながら、さらに、久と原告との間の離間策を講じて本件養子縁組をなさしめたもので、その意図するところは全く久の財産取得にあり、それを達成するための便法として縁組が仮託されたものにほかならないから、本件養子縁組は当事者間に真に縁組をする意思のないときに該当する。

四、よつて、原告は被告らに対して、本件養子縁組の無効確認を求める。

(答弁)

被告ら訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告の請求原因第一、二項の事実は認める。同第三項は争う。但し、同項(三)中、宇都宮市池上町○○○○番一宅地四九坪三四及び同市二条町○○○○番木造住宅一棟建坪三一坪七二を除く原告主張の不動産の贈与関係は認める。

二、本件養子縁組の成立するに至つた事情は次のとおりである。

久には清及び原告の二子があつたが、原告は、昭和七、八年ごろ久方を家出して結婚し、全く寄りつかなかつたので、久は、家名を汚されたと称して原告にいたく憤慨していた。昭和一三年四月、清の結婚に際して、原告の叔母が久と原告との間を取りなし、久もようやく詑入を承諾して原告を結婚式に参列させたことがあつた。しかし、その後も原告は、久方には寄りつかないでいたが、昭和二六年一月一日突然久方に年賀に来、久から親不孝のしうちを意見されたところ、またまた、それから昭和三三年四月までの約八年間一度に久方に尋ねて来なかつた。

その間、久は、老人の身で何のなすこともなく、清夫婦とともに生活してきたのであるが、昭和三〇年一月ごろ、久の頼りにしていた清が肺炎になり、一時は生死すら危まれ、その後快方に向つたが、健康に勝れぬ毎日が続いたため、久は、いたく心配し、自分より先に清が死ぬことになれば、原告に自分の位牌を持たれるのではないかと常々口外し、孫の被告らを養子とすればその心配もなくなると信じ、その結果、被告らを養子としたのである。

以上のような事情であるから、本件養子縁組は当事者間に真に縁組をする意思があつたもので、他の目的のために形式的になされたものでない。

三、仮に、本件養子縁組が原告主張のように、財産取得の目的でなされたものとしても、現行法の下においては、養子縁組は当事者間の自由であるから、右目的があることから当然に縁組意思がないと解すべきものではない。

(証拠関係)省略

理由

真正に成立したものと認められる甲第二、三号証(戸籍謄本)、証人大場二三子及び同川村コノの各証言並びに被告照男法定代理人川村清の供述によれば、川村清及び原告は昭和三四年一月四日に死亡した川村久の長男と二男であり、被告らは清その妻川村コノの長女と二男であるが、久(養親)は代諾権者である清及びコノの承諾をえた上で昭和三二年七月二七日字都宮市長に対して被告ら(当時ともに一五才未満)を養子とする旨の縁組届出をしたことが認められる。

原告は、まず、被告らは久の孫であるから養子適格を欠くと主張するのであるが、養親の直系卑属が一般に養子適格を有することは民法第七九八条但書の規定からも明白であり、孫養子の場合には、嫡出子たる身分を取得することによつて、相続において法律上の利益があるものであるから、その養子適格を否定する説は採用することができない。

ところで、養子縁組が有効に成立するためには、当事者の届出のほかに実質的要件として縁組の合意が必要とされるものであり、原告は、本件養子縁組は当事者間に真に縁組をする意思がなかつたと主張するので、この点につき検討を加える。

前掲各証拠によれば、清夫婦には長男が早世して被告らのほかに子がなく、久・清夫婦、被告らは同一家族として終戦前から共同の生活をしていたものであるが、本件養子縁組の当時、久の食事や身辺の世話は一切長男の清夫婦がこれに当り、被告らの監護養育も実親たる清夫婦がこれに当つていて、被告らの養育のために久と養子縁組をするという必要はなく、縁組後も久家の家族間の生活関係には格別の変更はなかつたことが認められる。他方、真正に成立したものと認められる甲第四号証から第八号証、第一一号証、第一三号証(登記簿謄本)及び乙第一号証の二(遺言書検認調書)、証人川村リツの証言並びに原告本人の供述を綜合すれば、原告は、昭和九年ごろ久のもとを出て結婚して以来、久や清と独立した生活を続けているが、たまたま健康上の理由で昭和二五年ごろから七、八年間久方を訪問したり音信をしたりすることを全くしなかつたため、久との間は疎遠になつていたところ、その間久は、昭和二八年一二月から昭和三二年一月までに数回にわたつて、その所有土地の半ばを超える土地を清・コノ・被告らに贈与した上、昭和三二年七月本件養子縁組の届出をしていること、そして、縁組当時の久の相続人は清と原告の両名であり、久の財産としてはなお宇都宮市二条町○○○○番五宅地二七四坪五四(この土地は、後に久からコノに遺贈された。)、同市江野町○○○○番一宅地一三八坪二二及び同町○○○○番一宅地四〇坪一二が存したことが認められる。

以上の各事実に、証人田辺修の証言及び原告本人の供述から認められる、久の猜疑心強く頑固でどこまでも自己の意思を通す性格を参酌し、さらに本件弁論の全趣旨をあわせて考えると、久は、自己の死後財産が原告に取得されることを好まなかつたので、本件養子縁組に際しては、現実に被告らを養育したいと欲したものではなかつたが、被告らに清及び原告と同順位の相続人となる身分を与えることによつて自己の財産を取得させたいと考えたものであり、清夫婦においても、それが被告ら並びに自己の利益に合致することから養子縁組を承諾したものと推測されるのであつて、これによれば、本件養子縁組は、もつぱら財産相続を目的としたことが明らかであるといわざるをえない。

そこで、原告は、この点を捉えて、本件養子縁組は習俗的観念における親子関係創設の意思がなく、財産取得のための仮装縁組であると主張するのであるが、確かに未成年養子における養育関係を養子縁組の不可欠の要素と考えるならば、本件のような事実関係のもとにおける養子縁組を無効とする原告の主張にも一理がないではない。

しかしながら、本来養親子関係は、夫婦関係における共同生活のようなな定型的要素をもつものではなく、これが種々の目的のために利用される手段的制度であるため、その習俗的観念における型態も時代や社会を異にして多種様態であつて、その性格は多分に観念的擬制的なものである。従つて、そのようないわば精神的親子関係を創設すべき意思といつても、これを持定の目的に結びつけて限定的に解することは妥当ではなく、いやしくも当事者間において養親子関係から生ずる法的効果の発生を欲している限り、親子としての精神的つながりをつくる意思があるものと推定して、ひろくその縁組意思を肯定すべきものであり、ただ、縁組の真意が明らかに養親子関係の本質と矛盾背反するような場合に限つて、実質的縁組意思の存在を否定すべきものと考える。このことは、現行法における養子制度が、一方において、未成年養子に対する家庭裁判所の許可制度を採用して、いわゆる「子のための養子」の原則を打ち出している反面、成年養子(未成年養子が養親またはその配偶者の直系卑属である場合も同様に扱われる。)については、旧法の家制度から来る制約を一切廃止して、当事者の自由意思による無拘束の縁組を許容し、養子制度の自主性を強調していることに照しても理解することができる。

そうであるとすれば、本件のように財産相続を目的とする養子縁組といえども、それが養親子関係から生ずる法的効果である以上、むしろ養親子関係を創設すべき縁組意思があつたものと推定されるのであつて、しかも、本件養子縁組においては、前記認定のとおり養親・実親・養子の三者が従来から同居していた関係上、久の被告らに対する養育が現実の問題とならなかつたに過ぎず、もし万一実親たる清らが久に先立つ等特段の事情の変更がある場合には、久が養親として被告らに対する養育を担当する意思を有したであろうことは想像にかたくないから、未成年養子の本質的要素たる養育関係に予盾背反する意図を保有するものとはいえないし、また、本件養子縁組がそれ自体未成年養子たる被告らの福祉を害するものとも考えられない。その他、前記認定のような久のとつた財産上の措置は、その二男である原告に対して極めて酷薄というほかはないけれども・本件養子縁組が右措置と関連しているからといつて、直ちにこれを公序良俗に違反するものと断定するにはいまだ十分でない。

以上のとおりであつて、結局、本件養子縁組の当事者間においては縁組意思の存在を肯定せざるをえないものであり、従つて、本件養子縁組は有効に成立しているから、その無効確認を求める原告の請求は理由がない。

よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

参考二

二審(東京高裁 昭三六(ネ)二七一〇号 昭三七・七・二三判決 棄却)

控訴人 川村正男(仮名)

被控訴人 川村友子(仮名) 外一名

右法定代理人後見人 川村清(仮名)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、昭和三二年二月二七日宇都宮市長に対する届出による亡川村久と、被控訴人川村友子川村照男との養子縁組は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴梨却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において「本件養子縁組は控訴人の相続分を害する目的でなした養子縁組である」と述べ、被控訴代理人において右事実を否認すると述べたほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

理由

当裁判所は控訴人の請求を棄却すべきものと判断するものであつて、その理由は次のとおり補うほか原判決理由に記すところを引用する。

「本件養子縁組をなすについて亡川村久が、控訴人に本来の相続分による相続財産を取得させることを欲しないで、むしろ孫である被控訴人らに財産を相続せしめ度い意思を有していたことは原審認定のとおりであつて、本件養子縁組の成立した結果控訴人の右相続分が害される虞れを生じたことは多言を要しない。しかし、右久と養子代諾者である川村コノ、川村清との養子縁組の契約が養子である被控訴人らの財産を取得せしめることのみを目的とした仮装のものであることは本件全証拠によつても到底これを認めることができない。かえつて原判決に判示するように本件養子縁組においては、久の遺産にたいする控訴人の相続分を排して孫の被控訴人らにこれを取得せしめる意思が久にあつたと同時に、久と被控訴人らとの間に真実養親子関係を成立せしめる意思も亦十分にあつたと認められるのである。したがつて法律的にこれを見れば、久と被控訴人らの代諾者らの有した前示久の遺産にたいする控訴人の相続分を減少せしめんとする意図は、これを本件養子縁組契約の内容をなすものでなく、むしろ縁由にすぎないもので、且つこの縁由たる事実のあることにより養子縁組が公序良俗に反するものとなし難いことも原判決の判示によりまことに明白であるというべきである。

すなわち、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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